ロシア留学報告 /2008-06-02

  • 松林昌平
  • 長崎大学 医学部 出身
  • 1997年 入局

2008.6.2から2008.7.25までロシアのイリザロフセンターに留学しました。その詳細をご報告させて頂きます。

先立って第5回A.S.A.M.I. Internationalがロシアのサンクトペテルブルグで2008.5.28から5.30まで開催される予定だったので、日本からの参加者の方々と5.25成田を飛び立った。約10時間かかりフィンランドのヘルシンキに到着。翌5.26は皆でヘルシンキめぐり。KARAOKE TAXIに乗りフィンランド人ヘンナさんの案内で観光した。フィンランドには大小様々な湖があり「黒い湖」という所を散策し、アラビア家具を見学し、映画にも出た「かもめ食堂」で食事を摂った。(図1)
5.27ヘルシンキからサンクトペテルブルグまで飛行機で2時間。午前中はピョートル大帝の別荘ペテルゴーフを訪れ、大小様々な噴水を楽しんだ。(図2)午後は学会場でレジストレーションを行い、学会の主催するバスでの市内観光に参加。
5.28学会初日「Ilizarov treatment of tibial pilon fractures」の演題名でポスターと口演での発表を無事終え、Opening ceremonyに参加。オーケストラの演奏を楽しんだが、食事が出なかったので皆で近くのレストランに食事に行った。(図3)
5.29学会二日目、扁平骨頭を三分割して骨頭を小さくする興味深い発表等を見て(図4)、Gala dinnerに参加。バレエ、コサックダンス等の演し物を鑑賞。(図5)
5.30学会三日目最終日を終えPresidential dinnerに参加した。ここでいよいよ日本の方々と別れ、ロシア語しか通じない人達との旅行が始まった。まずはプールコヴォ第一空港からウラル山脈の麓、エカテリンブルクへ2時間の飛行だった。あまりの心細さに「君が代」を独唱してしまった。
5.31エカテリンブルクに朝4時に到着。バスで6時間かけて目的地のクルガンに到着。途中何も無い草原が広がり「シベリアに来たのだな」と感じた。(図6)イリザロフセンターに到着。(図7)センター内のホテルに案内された。(図8)
6.1通訳のナターリアさんと一緒に町の市場に日用品の買い出しに行った。夕食は日本食も出している店に行き、私の大好きなサランカスープ等を食べた。(図9)
6.2よりTransosseous osteosynthesis in traumatology and orthopedicsが開催され、イギリス、インド、イラン、ウズベキスタン、カザフタン、ギリシャの整形外科医が研修に参加していた。午前中脛骨の偽関節2例、橈尺骨偽関節1例、足関節の骨折1例があり、それぞれの手術に別れて見学した。(図10)
午後は症例検討があり、色々な症例を説明してくれた。(図11)
6.3研修会二日目午前中、脛骨骨折、上腕骨骨折、脛骨内反変形、尖足変形の手術があり見学した。(図12)午後は症例検討会、たくさんの症例が説明される。
6.4研修会三日目午前中、両下腿同時延長の手術を見学する。ここの術者は巧くて感心させられる。午後は症例検討会、内反足の創外固定を見せられて驚いた。夕方からイリザロフセンターのイコンの開帳式があった。(図13)その後皆でピクニックに出かけ、Gorodkyというボーリングの様な競技に興じた。バーベキューがあり、日本代表として挨拶をした。結構うけた。(図14)
6.5研修会四日目Prof. Shevtsovの執刀で脛骨2カ所延長の手術を見学する。流石に巧く、唸らされた。(図15)他にも脛骨骨折、両内反足の手術が行われた。
6.6研修会五日目最終日は感染病棟だった。午前中股関節固定を見学。午後は症例検討会。昨年もここを訪れたが、相変わらずの凄まじさである。「将来、誰もが匙を投げるような感染を自分も治せる様になれたら」と思った。
6.7この日からはウズベキスタン、カザフスタンの三人組(オモゴフ、アンワ、バリス)との4人との研修となった。肘の変形矯正の講義を受けて、ボーンモデルでイリザロフを組んだ。
6.9朝食は毎日センター内のカフェで摂る。大体100円ぐらいで十分な食事が摂れる。(図16)午前中はHTOの手術を見学。昼食もカフェで200円ぐらいだった。午後はリスフラン関節脱臼の手術の講義を受けた。
6.10午前中HTOの見学。午後からはProf, Shevedの眠くなる講義。この日は医学感謝祭があり、歌やサーカスの催し物が病院で行われた。(図17)
6.11午前中、両X脚の矯正を見学。手術は速くて巧い、2.5時間ぐらいで終わる。ここでの手術を見ていると、“日本人は手先が器用で手術が巧い”と言われている事は全く根拠の無い事だと思う。
6.12独立記念日で休日。カフェも休みになるのでセンターの外の出店でチキンの丸焼きを買って食べる。センターの外に出る時はパスポートを持参する。警官に呼び止められた時、外国人はパスポートを持ってないと厄介な事になるらしい。(幸いにも一度も呼び止められた事は無かった)
6.13本来なら休日なのだが、研修に来ている私達の為に内反足用のイリザロフの組み方を教えてくれる。(図18)日本語通訳のアラさんもわざわざ来てくれ、感謝である。ウズベキスタン、カザフスタンの三人組は旧ソ連出身なので英語は話せず、ロシア語を話していた。彼らから酒、煙草、その他のお誘いが毎日あった。段々断るのが面倒くさくなったので、アラさんを通じて“私は敬虔な仏教徒なので、そんな事はしない”と伝えた。おかげで誘いが減った。
6.14夕食は、水餃子のペリメニ(インスタント)、バナナ、ケフィール(飲むヨーグルト)、サラダ、季節の果物。(図19)日々の夕食はほぼ同じメニューで過ごした。
6.16午前中、大腿骨偽関節、大腿骨感染の手術を見学する。午後は講義を受ける。(図20)
6.17前足部の延長の手術を見学する。
6.18感染病棟で下腿感染鎮静化後の下腿延長と尖足矯正の手術を見学する。感染病棟にはイリザロフのテクニックの全てがある。
6.19大腿骨偽関節の腐骨除去、大腿骨短縮の手術見学。10�ぐらい一気に短縮する。
6.20下腿感染後の延長を見学する。そろそろ外から手術を見学する事に飽きて来た。やはり手術は手洗いして参加するものだ。来週からは手術に入る事にする。
6.21休日。レーニン広場でアラさんと待ち合わせ。日用品の購入に付き合ってもらう。夕食は一緒にロンドンパブで食べた。アラさんはコニャックが大好きでよく飲んだ。確かにおいしい。二人で色々な話をする。久しぶりに酔っぱらった。
6.23三人組も帰国しいよいよ独りでの研修となった。彼らはウズベキスタンの首都タシケントから、車で丸二日走り続けて来ていたので、帰りも大変だっただろう。しかしながら彼らのバイタリティには驚かされる。北京オリンピックにも車で走って行くと言っていた。私も日本に閉じこもっていても仕方がない。外国だろうがどこだろうが、習いたい物は習いに行く事にする。この日から二週間感染病棟での研修となった。カンファがあり一週間の手術予定が組まれた。
6.24午前中、脛骨の骨髄炎の手術に入る。午後はクルーシー先生がマンツーマンで教えてくれる。通訳は美しいバレンチーナがしてくれる。とても贅沢な時間である。
6.25踵骨骨髄炎の手術に入る。第一助手にしてくれた。色々とさせてくれる。もちろん言葉は通じないが身振り手振りで理解する。
6.27脛骨骨切りと大腿骨の掻爬の2つの手術に入る。段々と贅沢になって物足りなくなる。午後の症例検討を終え、散髪に行く。洗髪やひげ剃りは無いが、200円ぐらいしかかからず満足した。
6.28休日。独りでバスに乗って町に行き、買い物をする。帰る時バス停で待っていると、私の乗りたいバスは通り過ぎてしまう。近くのおじさんに聞いてみたが要領を得ず。タクシーの乗り方もわからないので歩いて帰ろうとした。しかしセンターまで10キロ以上はあるか?途方に暮れていると幸運な事に遠くから歩いてくるアラさんを見つけた。天使に見えた。バスの乗り方を聞いて無事に帰れた。
6.29休日。ロシアに来て一ヶ月、ペリメニにも飽きたので近くのレストランに行く。温野菜のサラダ、ウハー(魚のスープ)、豚カツ(フルーツ入り)で500ルーブル。おいしかった。(図21)
6.30感染病棟での回診。一週間の手術予定が組まれた。
7.1大腿骨偽関節手術の第一助手になった。何とかこなせたが、気を使って疲れる。
7.2大腿骨感染性偽関節の手術に入る。この日は時間がかかったが、それでも3.5時間ぐらいで終わる。(図22)
7.3下腿偽関節の手術が午前午後と2例あり、両方に入る。イリザロフの手術に2例入ると、さすがに手の握力が無くなるが、心地よい疲労感である。
7.4感染病棟最終日。大腿骨のピンの入れ替えに入った。トップのクルーシー先生はとても紳士だった。(図23)日本人を勤勉で理想的な民族と思っており、私もその様に振る舞えたか少し疑問だ。
7.5休日。バスで町に買い物に行き、インターネットでメールをしてバスで帰る。ここでのバスの乗り方に何とか慣れた。
7.6休日。近くのレストランでビール、サランカスープ。ビーフステーキを食べる。325ルーブルだった。満足して帰る。(図24)
7.7朝の4時からモーレツな腹痛で目が覚める。2時間ぐらいトイレから離れられない。適当な薬を持ってなかったので、ヨーグルトをたくさん食べてビフィズス菌大量注入療法を行う。何とか朝からセンターに行けた。今日から外傷後の変形矯正のセッションに通う。O脚の変形矯正に入る。日本だったら普通の脚なのだが、術後モデルの脚の形になった。(図25)
7.8同側の大腿骨、脛骨の変形矯正に入る。2.5時間ぐらいしかかからない。
7.9先天性下腿偽関節症の再手術に入る。手術のやり方が良くなかった様に見えたので、色々意見を言うのだが伝わらない。少し悔しい気分になる。
7.10大腿骨延長の手術に入る。今までとは打って変わって色々とさせてくれる。嬉しくなってボルトを2回締め壊した。「中国製だ」と冗談を言ったら受けた。
最初ロシアに来た頃はサッカーユーロ2008があり、ロシアが勝ち進んでいたのでテレビが面白かったのだが、終わった後は見る物が無くなってしまった。そこでDVDを買った。150ルーブルで映画が5本も入っている。すべてロシア語だがそれなりに楽しめる。もちろん海賊版なので税関で捕まらないようにすべて置いて来た。(図26)
7.11前腕偽関節の手術に入る。術者が良くなく、やろうとしている事が解らない。しかも二人きりの手術だ。何とか終わらせた。午後はバスで15分ぐらいの所のBlue lakeに泳ぎに連れて行ってもらう。(図27)
7.14本日から足と手のセッションに通う。100kgぐらいある女性の外反扁平足の手術に入る。
7.15内反足の治療不良例の手術に入る。なかなか興味深い。
7.16大腿骨骨折の手術の第一助手として入る。色々させてもらって楽しかった。午後からは症例検討会があり、外反母趾等のイリザロフを見学した。夕方から通訳のナターシャさんに泳ぎに連れて行ってもらう。3時間程泳いだ。
7.17脊損後の内反尖足の足関節固定術に入る。100kgを超える巨漢の手術だった。
7.18午前中腓骨延長のピンの入れ替えに入る。午後は内反足の手術の第一助手になる。色々させてもらった。将来的にはfootをしたいと思った。(図28)
7.20休日。最後の週末となり、バスで町にお土産等を買いに行く。レストランで独り打ち上げをする。今回は体調をくずさなかった。(図29)
7.21本日から延長、矯正のセッションに通う。回診に参加した。
7.22前腕の偽関節の手術に入る。この術者は人気が無いようで無理矢理引き込まれる。二人きりの手術となった。結構大変な手術となった。
7.23化膿性股関節炎後のイリザロフヒップの手術に入る。いつかこの手術ができるようになりたい。
7.24同側大腿下腿の延長の手術に入る。術者の女医さんは全くやる気が無く、見ていて面白かった。午後はケーキを買って、お世話になった通訳の人達と食べる。感謝の気持ちを伝えた。
7.25最終日。下腿の偽関節の手術に入る。午後はProf. Shevtsovから研修の修了書をもらう。とても充実した良い研修だった。(図30)
7.26クルガンからモスクワに飛び立つ。モスクワ一日観光。クレムリンの武器庫(図31)、歴史博物館、白鳥の湖、エリツィン大統領の墓(図32)、雀が丘、モスクワ大学、ナポレオン門、戦勝記念碑(図33)等をアンドレイさんに連れて行ってもらった。夕食はビーフストロガノフを堪能した。(図34)
7.27モスクワのシュレメチボ第二空港から成田に出発。検査場で私だけ別室に連れて行かれる。荷物や身につけているもの全て調べられる。帰りはお金をほとんど持って無かったので、無事切り抜けた。
7.28無事日本に到着した。

以上ロシア留学の報告です。色々苦労はありましたが、とても充実した良い研修ができました。機会がありましたら再度訪れてみたいです。ご協力下さいました進藤教授、長崎大学医局の皆様、長崎友愛病院の寺本先生、帝京大学の松下教授、竹中先生にこの場を借りてお礼申し上げます。